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日本名人 小早川秀秋
释义

小早川秀秋

听听怎么读
こばやかわ ひであき
是什么意思

中文简介

小早川秀秋(1582.2.12-1602.12.1),是日本安土桃山时代至江户时代初期的大名,木下家定的第五子,曾经为丰臣秀吉和小早川隆景的养子,妻子是宍户氏。在关原之战中从属于西军,但实际上是东军的内应。关原之战时布阵于松尾山,在东军劣势的情况下追随"大义"的指引毅然倒戈,击破西军的大谷吉继队,使得战场形势发生转变,最终由东军取得胜利。被戏称为关原战神。1602年病逝,因无嗣,其55万石领地被没收,小早川家就此灭亡。

日文简介

1582-1602 織豊-江戸時代前期の武将。
天正(てんしょう)10年生まれ。木下家定の子。高台院の甥(おい)。豊臣秀吉の養子から,秀吉の実子秀頼(ひでより)の出生後に小早川隆景(たかかげ)の養子となる。関ケ原の戦いで西軍に属したが,途中ねがえって東軍勝利の一因をつくり,備前,美作(みまさか)51万石をあたえられた。慶長7年10月18日死去。21歳。近江(おうみ)(滋賀県)出身。幼名は辰之助。前名は羽柴秀俊。通称は金吾中納言。
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