日本名人 | 天智天皇 |
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天智天皇听听怎么读
てんぢてんのう
是什么意思 中文简介天智天皇是日本第38代天皇,生于公元626年(推古天皇34年),卒于公元672年1月7日(天智天皇10年12月3日)。天智天皇在公元645年发动乙巳之变,公元661年开始摄政,公元668年在近江大津宫正式即天皇位。天智天皇推行大化改新,并颁布了《近江令》,使日本开始走向法制化道路,在日本发展史上有着重大的历史意义。
日文简介推古天皇34年生まれ。舒明(じょめい)天皇の皇子。母は宝皇女(のち皇極?斉明天皇)。孝徳?斉明天皇の皇太子。蘇我(そが)氏をたおし,大化(たいか)の改新を断行。斉明天皇没後即位せず7年間政務をとり(称制),白村江での敗戦処理や防備など体制を整備する。667年近江(おうみ)の大津に都をうつし,翌年即位。わが国初の令(りょう)近江令や戸籍にあたる庚午年籍(こうごねんじゃく)をつくった。漏刻(ろうこく)(水時計)をつくり,はじめて候時(とき)を知らせた。天智天皇10年12月3日死去。46歳。墓所は山科陵(やましなのみささぎ)(京都市東山区)。別名は葛城(かずらきの)皇子,中大兄(なかのおおえの)皇子,天命開別天皇(あめみことひらかすわけのすめらみこと),近江天皇。 【格言など】秋の田の仮庵(かりほ)の庵(いほ)の苫(とま)をあらみわが衣手は露にぬれつつ(「小倉百人一首」) |
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