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日本名人 浅田宗伯
释义

浅田宗伯

听听怎么读
あさだ そうはく
是什么意思

中文简介

浅田宗伯(1815年— ),是一位集医学、儒学等各方面之大成于一身的名家,明治时代汉方医学最后的巨匠。因号粟园,又称栗园浅田。浅田宗伯一生著作达80部200卷,今存于世的各种书籍有迹可查的共计八十种二百多卷,其中包括《勿误方函口诀》《橘窓书影》《古方药议》《脉法私言》《伤寒论识》《杂病论识》《皇国名医传》、《先哲医话》。

日文简介

1815-1894 江戸後期-明治時代の医師。
文化12年5月22日生まれ。生地信濃(しなの)(長野県)の高遠藩の中村中倧(ちゅうそう),京都の中西鷹山(ようざん)の塾にまなぶ。江戸にでて開業,のち幕府医官となる。フランス公使ロッシュの病気をなおして名声をあげ,慶応2年奥医師。維新後は東宮侍医をつとめた。明治27年3月16日死去。80歳。名は直民,惟常。字(あざな)は識此。号は栗園。著作に「皇国名医伝」「傷寒論識」など。
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